『春、始まりの日』

春、4月1日。学校でも会社でも新年度の始まりの日です。
僕の会社にも新入社員の方々が入社され、新たな風が吹き始めようとしてます。
その日の夜、自宅に帰宅し、件のパートナーにその旨の事を話しました。今日、新しい若い社員が入ったよと。
パートナーは開口一番、「三十路のあなたとは違う若い方ね、素敵ね」と満面の笑みでそう口にしました。
その言葉にどこか釈然としない気持ちでいながら、「でも、まだ子供だよ。可愛いもんだ」そう言う自分に、
「肌艶が違うわ。まるで全然あなたとは」と口にするパートナーは変わらず、満面の笑みを崩さず、とても嬉しそうに言うのが、なまじ皮肉まじりの口調でない分、やはり釈然としない三十路半ばの僕。
「若いのは誰でもそんな時期はあったと思うし、あなたも入社当時はそれなりに精悍な面持ちだったわ。今は若干、くたびれてはいるけど。まだ勿論、なんの結果もない若い人達だけど、でも気持ちの上でも体力的にも輝いてると思う。まさに可能性の塊なんじゃない?」
と、パートナーは知ったような事を口にする。自分もそうは思うけど、彼女の口調には気のせいか、やはり三十路男の胸へと突き刺さる軽い棘のような物を感じるのは多分、僕の被害妄想なんだろう。そう自分自身に言い聞かせ、話の矛先を別に向けようと方向転換した。
「高校野球、決勝は兵庫と群馬だったよね?いい試合だったと思うよ」と自分の得意分野のスポーツに話を切り替えた。「センバツは群馬の高校では優勝は初めてだったんでしょ?最後、校歌を泣きながら歌ってる子を見た時、あたし思わずもらい泣きしたわ。まさに青春真っ盛りな心の涙のように見えて」。
なるほど、パートナーは29歳。そういった『アオハル』的な事には感情の琴線が弱いのか。益々、一回り以上、年の離れた壮年男性には分が悪い。
『なんていうの?ランナーが走り頭からベースに突っ込むじゃない?』。「ヘッドスライディングだろ?プロではあまりしないよね」。「あれなんて、無我夢中、一心不乱で勝ちに行く気持ちで走っているみたいで、ちょっと感動したわ」。
と、まさに瞳に星があるかのように輝かせながらそう口にするパートナー。女子はああいうのが本当に弱いんだな。一心不乱、懸命にというヤツに。
「どちらにせよ、今だけだよ。夏やその先も甲子園に出るとは限らないし、高校を出たらただの人だ」。そう若干、ムキになった感の口調で言う僕。
「年ね、あなた」。一言、パートナーがそう口にするその言葉がまさに鋭利なナイフのそれだった。逆効果だったか…。
「お相撲さんでも、こないだ優勝したのって新入幕のまだ若い人なんでしょ?」、「尊冨士だよ。新入幕で即、優勝はこれまでに一度しかなかったらしい。今回、110年ぶりに二度目の新入幕での優勝らしいよ」。
「か、かわいい…」と、目に星をしつつ、尚且つ頬を赤面させて定番のその言葉を口にするパートナー。
「野球にしても、相撲にしても、他の事にしても、まだまだこの先、まるで分からない。可能性だけなら誰にでもあるよ。要は結果を出すか否か、スポーツの世界は特に結果が全てのとんでもなくシビアな世界なんだぜ?」、とこれは負け惜しみではなく自分なりの正論を言ったつもりです。
「でも、やらなきゃその結果は出ない。踏み込まなきゃ勝ちも負けも無い。宝くじだって当たらないとしたり顔で口にして買わなければ、永遠に当たらないわ」。その彼女の言葉こそまさに正論だと思い自分は口を噤みました。4月、新年度。新たな『可能性』がそこそこに入ってきては新風を巻き起こす新機軸。古参の俺も負けてはいられない。アラフォーの経験値、これまでのキャリアがどんなキャパシティを持ってるか若いヤツにも、パートナーにも見せてやる!。そんな強い気持ちになり、大人げ無いながらも頬を膨らます自分にパートナーは。「プリン作ったんだけど食べる?今日も疲れたでしょ」。優しい目線でそう口にする彼女。「食べる…」。30半ば、決してもう若くはないけど、でも中堅一歩手前の身としては、ここでヘタる訳にはいかない。若いヤツらの手本になり、引っ張っていくのはまさに自分達だと思う。いい年をして大好物のプリンを食べながら、明日の仕事の算段をする自分でした。パートナーは何かしら嬉しそうにこちらを見てる。春、4月、新年度。僕の何度目かのスタートラインも今日、この日からです。